どうもこんにちは。
さて北陸旅行7日目です。
この日まず向かったのは平泉寺白山神社です。
平泉寺白山神社は恐竜でおなじみの勝山市にあります。
まあ今回は恐竜はガン無視します。本当は行きたいんですが優先度がかなり低いので…。
平泉寺白山神社
平泉寺白山神社へは、福井駅からえちぜん鉄道勝山永平寺線で勝山駅に行き、そこから勝山市のコミュニティバスで平泉寺神社前で下車、という感じです。バスは本数が少ないので気をつけてください。
ということで到着です。

入り口の手前には「白山平泉寺歴史探遊館まほろば」という資料館があります。入場料が無料ということもありあまり資料は多くないですが、おおまかな歴史はわかると思います。

いや~すごい。いかにも山岳修験といった趣です。進みましょう。

一の鳥居の左手前には、白山を開いた泰澄の廟があります。
まず一の鳥居。

鳥居を超えたところの左手に社務所があります。どうも旧玄成院庭園というのが見れたようなのですが、このときは見てないですね~…。時間がなくてすっ飛ばしたか、見逃したか、今となってはわからないです。
進んでいるうちになにやら物音が。

いや怖。野生動物怖い。
ニホンカモシカというらしいですが、まあこちらをじっと見てくるので気味が悪い。
睨みを利かせつつ、進んでいきます。

いよいよ拝殿が見えてきました。

まあ、拝殿の形自体は非常に平凡であり、周りの雰囲気や歴史性からみても不釣合いな拝殿です。

というのも仕方ありません。戦国時代に全山焼失してしまっているからです。この拝殿は江戸時代に建てられた簡単なもので、焼失前の拝殿は横に約83メートルもあり非常に立派な拝殿でした[1]。
本殿です。


残念ながら垂れ幕で覆われていてあんまりよくわかりませんが、彫刻はすばらしいものであることがよくわかります。主祭神は伊奘冊尊とのことですが、これも後付けであり、実際はずっと白山権現を祀っていたわけです。
さてそれでは平泉寺6千坊の跡地へ向かいましょう。
と、その前に。

うおお怖い。ニホンカモシカも普通にいたことだし、いよいよ現実味がある。気をつけましょう。
到着です。まあ神社のほうから歩いてすぐです。



いや~すごい。見てくださいこの石畳と石塀。6千ですよ。すごすぎる。
何千人もの血気盛んな人々がここを行きかっていたと思うとため息しかでません。
平泉寺白山神社は白山信仰の拠点として、白山比咩神社、長滝白山神社(長瀧寺)とともに非常に繁栄していました。6千坊というのはそのピーク時のことで、全山焼失前のことです。
写真の木造の塀などはもちろん最近の復元です。このエリアは南谷というところで3600坊があったよう。ちなみに発掘はまだまだ微々たるもので、北谷のほうにも2400坊もあったとのことですからいよいよすごいことです。
ということでずっと探検したいですが、今日はまだまだこれからですから、次に向かいます。
御朱印はこんな感じでした。社務所でいただけます。

帰りは旧参道を通ります。

すごい。ずっと旧参道側を歩いてしまいました。

ということで神社の入り口、菩提林まで戻ってきました。ここでお別れです。また来たい!
さて、次は平泉白山神社からすぐそこの、勝山城博物館です。もちろん徒歩です。
勝山城博物館

見えてきました。でかい。

でかい。姫路城に似せた鉄筋の城郭風建物で、地元出身の実業家によって建てられた博物館らしいです。

まあ、ご覧のように石垣に龍が彫られてますから、普通じゃないのは一目瞭然です。
展示内容は、創立者の収集品が多く、甲冑や武具、日本画が非常にたくさん展示されています。
中の写真はもちろんありませんが、見ごたえはかなりあります。特に変わり兜や甲冑のコーナーはなかなかです。
ぜひ行ってみてください。
図録があったので買いました。結構分厚い。

ちなみに。

近くにとんでもない建築物があります。博物館の上の階からみた風景です。
これは通称越前大仏といって、この勝山城博物館を建てたのと同じ人物によって建てられた巨大寺院です。
一応、東大寺大仏殿を模して造られたよう。いわれてみればそんな気もする。
まあこれはかなり最近の寺ですし、特に興味がないので寄りませんでした。こういうのを見てると、ほんとうにこう、もうちょっとセンスのいい金の使い道ないんかい、と思ってしまいますね。単なる寄付でもええがな。いやそのほうが市にとってもありがたいんじゃないでしょうか。
続いては、本日の最終目標である永平寺に向かいます。
永平寺
博物館からは再びコミュニティバスに乗り、勝山駅へ。その後電車で永平寺口まで行きます。
そして、永平寺口駅から、京福バスに乗り、永平寺にやっとこさ到着です。

まずは門前町を歩く。やはりなかなかの規模です。が、それほどの風情もありません。
さあ、とうとう到着しました。今回の旅の一番の目的地です。

おおお。いかつい。

これは聖宝閣といって、宝物を展示しているところです。あとで行きます。

川を挟んで寺の向かい側にある鎮守社。左から地蔵堂、天照大神宮、金比羅堂です。画像外左側に稲荷堂もあります。手前の橋は偃月橋というらしいです。右奥は忘れました。。

さて、入る前から雰囲気が良すぎるので何枚か撮影。

これが永平寺で一番有名な建築物といってもいい、勅使門です。すばらしいの一言。勅使門、階段、杉の巨木、すべてが揃ってこそのこの雰囲気です。
お気づきの方もいるかもしれませんが、実は私のアイコン画像もこの永平寺勅使門なんです。

永平寺はご存知のとおり総持寺と並ぶ曹洞宗の大本山であり、曹洞宗開祖道元が開いた禅寺です。道元は入宋後まず宇治の興聖寺を開きましたが、延暦寺の迫害から逃れ、帰依されていた波多野義重の勧めによりこの越前の地に永平寺を開きました。
曹洞宗、いや道元の教えは、只管打坐の一言に尽きます。原始仏教と同様、出家主義であり、万人が座禅により悟りを得られるとしています。曹洞宗はもともと祈祷などは一切行わない宗派でしたが、三代徹通義介から怪しくなり、その弟子瑩山紹瑾に至って集団としてのこの方向性(非宗教性)はほぼ失われたといっても過言ではありません。まあボロボロだった曹洞宗を立て直したのが瑩山紹瑾なので今の姿があるのも彼のおかげなのですが、いかんせんその復興の手法が加持祈祷などによる大衆取り込みだったので、道元が今の曹洞宗を見るとどのような感想を抱くのかは…。おそらく失望すると私は思います。
結局永平寺は道元寄り、そして総持寺は以前にも書きましたが瑩山紹瑾寄りの伝統がある、と私は勝手に思っています。ちなみに大野市西方の山中には、天童寺修行時から道元を慕い、最終的に宋から来日した寂円という僧侶が開いた、宝慶寺というお寺もあります。行く価値は間違いなくありますが、なにせアクセスが悪いので今回はパスしました。
そんなわけで私は宗教じみたものを一切信じておりませんので、道元の真面目な人柄と思想、只管打坐という原始仏教に似た考え方に非常な魅力を感じ、ぜひ参拝してみたいと思い、今回の旅を決意した次第です。
さて、そろそろ通用門を入ります。ただし画像なし。なぜ。

右手前の目立つ塔が納経塔、奥が祀堂殿といって納骨・位牌堂的なお堂です。
左手のは傘松閣です。
ということで傘松閣の左隣の吉祥閣で受付を行って、いよいよ山内の拝観が始まります。
まずは先ほどの傘松閣の内部から。ここは格天井の絵が非常にきれいです。建物自体は2002年築の鉄筋の建物です。

次に向かいましょう。永平寺はほぼすべての建物が回廊で接続されているので、拝観は廊下を歩き続ける感じになります。
途中の階段もこんな感じです。毎日雲水さんたちが掃除されているので、非常に清潔です。

法堂まで来ました。外はこんな感じです。右手奥に仏殿が、左手奥に庫院が見えています。

法堂の中はこんな感じです。この建物は1843年の建築みたいです[2]。
永平寺に限らず、曹洞宗は基本的にどこでも撮影可なので非常にありがたい。黄檗宗もだいたい撮影可な気がします。臨済宗は微妙ですね~。

続いて仏殿です。明治35年の改築らしいです[2]。仏殿はどこにいっても一番かっこいい。

この山門、実は外から撮れないんですよね。ネットには山門の立派な画像ありますけど。実際永平寺って基本的に土足でうろつけないので、この山門もその外へはいけないんですよ。その点はまあまあ残念です。

この他にも道元のお廟である承陽殿や僧堂などまだまだありますが、写真は撮っていません。承陽殿はしっかり手を合わせてきました。本当に来れてよかった。
ひととおり回ったあとは、聖宝閣にて宝物を拝観します。有名なのはやはり道元真筆の国宝「普勧坐禅儀」でしょう。承陽殿参拝と並んで、私はほとんどこれを見に来たといっても過言ではありません。それはそれは道元の人柄に滲み出る、真面目で率直な字でありました。
というわけで、そろそろ終了の時間です。
永平寺もしっかり御朱印があります。さらにオリジナルの御朱印帳もあり。

この御朱印帳、最高じゃないですか。デザイン、質感を含めて、私は今のところこの御朱印帳が一番優れていると思っています。すばらしい。

字は承陽殿となっています。
最後に、永平寺の解説本です。新書ぐらいのサイズで1200円ほど。多少のカラー写真と永平寺の解説が収録されています。これは買って損しませんよ。

さて、再びバスで永平寺口駅に向かい、福井駅まで帰ります。
福井駅到着後、時間がギリギリいけそうだったので、急いで福井県護国神社に向かいます。
到着。


祭神はもちろん国事殉難者の方々です。護国神社はもはや亡くなられた方々全員のお墓参りに行くような感覚で参拝してます。
御朱印はこちら。

はい、ということで7日目終了です。
晩飯は忘れましたがコンビニ飯だったと思います。やむなし。
次回は8日目、劔神社などなどです。それでは。
注釈
[1]ホームページ「白山平泉寺」(http://heisenji.jp/)
[2]書籍「永平寺」大本山永平寺刊





